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韓国DMZツアー - たった50km以内に同居する華やかさと緊張

公開日:

(2026-08-20 追記)記事をAIが要約した音声解説(Gemini Notebook)を追加しました。ポッドキャスト風にお聞きください。

(2026-08-09 追記)今回の見学ツアーの振り返りを動画にまとめました。地図アプリを見ながら一緒に旅する感覚でどうぞ。

前から一度は行って見て感じてみたいと思っていた。筑波大学の非常勤講師を退任してやっと時間が取れるようになったのも後押しし、今だと思って申し込んだツアー「DMZ非武装地帯第3トンネル半日ツアー(臨津閣平和公園、都羅展望台、DMZ映像館、展示館 、統一村)」を体験してきた。

DMZを体験してみて感じたことは The line nobody asked for -誰も頼んでいない線- として、本記事はその体験レポみたいなものです。また韓国一人旅をしてみたい未経験の方向けにも書いた記事 韓国一人旅 4泊5日 ホテル+航空機、往復合計で56,261円の旅 も併せてどうぞ。

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近すぎる距離

ソウルから軍事境界線を俯瞰した地図
ソウルから軍事境界線を俯瞰した地図 - © OpenStreetMap contributors CC-BY-SA

地図で見てみる。赤丸で示したところがツアーの目的地である非武装地帯(DMZ)のエリア。「ソウル特別市」の位置を中心に仁川国際空港とほぼ同じ距離あたりに「境界線」があるのがわかる。それだけ近い。

韓国はグルメ、ファッション、エンタメなど世界中にファンを持つコンテンツが溢れているけど、そのたった50kmほどの距離に「前線」があるという、華やかなソウルという発信地のすぐ近くで緊張が起こっている奇妙な感覚すら覚える。

軍事境界線

「国境」と言わず「軍事境界線」と呼ぶ理由は、両国が休戦中でありつつも戦争は終わっていないため、領土として承認し合う「国境」とは意味が違うから。とはいえ事実上の国境と言われていることもあり、このあたりの背景からそう呼ばれている意味を汲み取って理解する必要がありそう。

軍事境界線から南北それぞれ約2kmずつ合計4kmの距離が非武装地帯(DMZ)と呼ばれている。ここでは両国が敷いた地雷が数十万個もあり、そのほとんどの場所は人間は立ち入れない。だからこそ73年間、手付かずの広大な自然が横たわっている ... と、言われているが、実際は4kmというのはちょっと違っていて、これまで何度か両国が休戦協定違反などの揉め事によって非武装地帯を狭め軍事境界線側に近寄らせてしまい、幅が数百メートルにまで狭まっている非武装地帯もあるらしい。

このあたりの近くは民間人出入統制地域として、一般人は入れない。政府が認めたツアーに参加して、ちゃんとパスポートも提示しないと通行できないエリア。しかも滞在時間制限もあって、一日中じっくりいることはできない。

臨津閣

ツアー最初の目的地は臨津閣。ここはまだ統制区域の手前で、誰でも来られる場所。だからか、平和公園として整備されていて観光地の顔をしている。

この地図を見てほしい。見慣れない方にとっては誤解があるかもしれないけど、川を隔てた左上の緑のエリアはまだ韓国。地図が詳細に描かれていないのだがこのあたり一帯を非武装地帯と呼んでいて、一般人の立ち入りは制限されている。このあと、すぐ近くにある統一大橋(地図)の検問を通過して非武装地帯に入っていく。

朝鮮戦争の捕虜交換で使われた「自由の橋」あたりには統一を願っての短冊のようなものが一面に広がっていた、その色は鮮やかで何か物悲しい。ここで行き止まりである、先には進めない。

分断された自由の橋
分断された「自由の橋」、この先には進めない。

その近くには銃弾を浴びたままの列車が保存されている。錆びた車体に残る無数の穴を見ると、さっきまで地図で眺めていた「線」が急に近さを感じる。実はこの列車、最も北朝鮮に近い韓国のかつての駅だった京義線 長湍(チャンダン)駅(現在は廃駅)にしばらく放置されていたのを臨津閣に持ってきたらしい。

銃弾が撃ち込まれた列車
銃弾が撃ち込まれた列車

駅の看板も印象に残った。左にケソン(開城)、右にソウル。そしてケソンのほうが近い。ここは地理的にはもう、ソウルより北朝鮮の街のほうが近い場所ということになる。

臨津閣駅の看板
臨津閣駅の看板、22km左側に北朝鮮の開城、ソウルより近い

政治的には日本が批判されるときによく出てくる少女像もここにある。ここには2体設置されていて、南北の平和や統一が実現した際に「1体を北朝鮮へ送り、もう1体を臨津閣に残す」という計画がある(京畿日報の記事Wikipedia「慰安婦像」にも記載)。

少女像
臨津閣の少女像

統一大橋 - ここから先は統制区域

臨津閣を出ると、バスは統一大橋へ。ここから先が民間人出入統制区域になる。橋の手前で検問があり、韓国軍の兵士がバスに乗り込んできて、車内で全員のパスポートをチェックする。Googleマップだと橋が表示されていないが実際はちゃんとある。

道路には車が蛇行しないと進めないようフェンスが交互に敷き詰められていて、車窓の外はなかなかものものしい。ところが乗り込んでくる兵士は特に武装しているわけでもなく、迷彩服を着た若い男の子のあどけなさもあって、パスポートチェックは「本当にちゃんと見てるのか?」と思えるほどあっさりだった。ものものしい検問所だったが、ガイドさんいわく「写真は一応禁止なんですよ」とのこと。「一応」らしい。撮影は控えておいた。

検問を抜けると、景色から人の気配が消える。ここは本来、一般人は立ち入れないエリア。政府が認めたツアーだから通れているだけで、自由に来られる場所ではない。道路は閑散としていて、すれ違う車もほとんどない。路肩には地雷を示す表記が出てくる。さっきまで観光気分だった体に、「入れないはずの場所に、いま自分がいる」という緊張感がじわじわ染みてくる。滞在時間も決められていて、一日中じっくりいることはできない。許可された時間だけ、通してもらっている。そんな場所だ。

非武装地帯に入る道と地雷の標識
ここから非武装地帯、よく見ると地雷を示す小さな標識が無数にある

都羅展望台 - 北朝鮮が見える場所

都羅展望台からは、軍事境界線の向こう、北朝鮮の開城(ケソン)の町が見える。この日は晴れ。視界は広く、かなり広い視野で北側を見渡せた。

以下の地図に、都羅展望台から眺められるエリアを青い点線で書いてみた(厳密な正確さはありません、だいたいこんな感じだろうという程度でご理解を...)今回気になるポイントを調べて書き出してみた。開城工業団地はなんとなくこのあたりだろうなというのはガイドさんに教えてもらったが、板門駅や開城通行検査所は目視では確認できなかった。

ここでは韓国と北朝鮮それぞれの国旗を掲げた高い塔が立っていて、仲良く並んでいるように見えて面白かったが、現実は仲良くどころか「どっちが高いか」の国旗掲揚塔競争をしていたらしく、当時、北朝鮮側の掲揚塔は世界一の高さだったとか。ちなみにこの北側の掲揚塔がある村・機井洞(Wikipedia)は、北朝鮮側では「平和村」と呼ばれているが、韓国側は誰も住んでいない「宣伝村」だと揶揄しているそう。

ソウルから軍事境界線を俯瞰した地図 - © OpenStreetMap contributors CC-BY-SA
都羅展望台から眺められるエリア(想定) - © OpenStreetMap contributors CC-BY-SA

ただし残念ながら、ここは近年、写真撮影がNGになった。見学に来た人たちが北朝鮮の生活をSNSに上げていることを北朝鮮側も認識していて、韓国側への抗議の対象になっているのだとか(ガイドさん談)。というわけでここからの写真はなし。一応ルールは守っておいた。

肉眼ではさすがに人の動きまでは見えないけど、望遠鏡だと確認できる。農道を自転車やバイクで移動していく北朝鮮の人が見えた。ここだけ切り取って見ていると、昭和の地方の街をイメージできるごく普通の田舎町。ただ割と大きな建物もあり、元々工業団地だったことから栄えていたんだろうなと思わされる。もっとも、ガイドさんいわく、建物にはガラス窓がなく、人が住めない見せかけの建物も多いらしい。全てがそうではないだろうが、そういう噂は色々耳にする。参加したのは6月だったけど、これが冬だと電気も乏しく大変なんだろうと思った。

見たかった板門店は、見えなかった

あの青い建物で有名な板門店(日本語読みで「はんもんてん」、韓国では「ぱんむんじょむ」)。JSAとも呼ばれるこの場所を見たかったのだけど、展望台からは森に隠れて見えなかった。(地図

実は板門店そのものを訪れるツアーも以前は行われていた。ところが2023年7月、アメリカ兵がツアー参加者として板門店を訪れ、軍事境界線を北朝鮮側へ無断で越境する事件を起こし、それ以来ツアーは禁止されている。この兵士、韓国でも事件を起こして移送中に逃げ出した末の越境だったらしい。なんと迷惑な。。結局、北朝鮮側にも受け入れる理由がなくアメリカへ引き渡され、収監中とのこと。

JSAツアーが再開されたら、また行ってみたい。

第3トンネル - 今回いちばん北朝鮮に近づいた場所

第3トンネルは、北朝鮮軍が韓国に侵攻するために実際に掘ったトンネル。別名「南侵トンネル」。公表されている限りこうしたトンネルは第4まであるらしく、中でもこの第3トンネルは1時間で3万人の兵を移動できる(HISのツアー紹介にも記載がある)というヤバいやつらしい。

発見の経緯もなかなか強烈だった。「南北お互い仲良くしていきましょう」という南北基本合意書を交わしたその水面下で、北朝鮮軍は侵攻のためのトンネルを掘っていた。掘削に使われたダイナマイトの爆発音に韓国兵は気づいていたのに、上層部はその報告を信用しなかった。南北は融和に向かっているのだから、そんなことはあるはずがない、と。最終的には、韓国側で保護された脱北兵の証言によってこのトンネルは発見された(このあたりの経緯はガイドさん談)。

荷物は全部ロッカーへ

トンネル内は撮影禁止。持ち物はすべてロッカーに預け、入口ではボディチェックを受ける。というわけで、ここから先も写真はなし。

見学用に掘られた360mの坂道を、深さ73m近くまで歩いて降りていく。坂を降りた先、最奥までの265mほどはヘルメット必須。自分の身長より低い場所を通る必要があり、みんな頭をゴツゴツ当てながら進んでいた。

三重の壁と、覗き窓

トンネルの最奥。もちろん北朝鮮側には入れない。コンクリートの壁が行く手を塞いでいる。ここが私たちの行ける最奥で、北朝鮮まで170mの距離。

第3トンネル内部構造
第3トンネル内部構造

壁は三重になっている。私たちの目の前にあるのは3番目の壁で、そこには覗き窓がついていて、その先の2番目の壁との間を覗くことができる。壁と壁の間には植物が自生していた。日光は届かないが、ライトの光で育つらしい。もちろん人は入れない。その2番目の壁の先には1番目の壁があり、そのわずか数十メートル先は、もう北朝鮮。

今回のツアーで一番、北朝鮮に近い場所に立った瞬間だった。謎の壁の空白地帯。ここから歩けたら数分で北朝鮮。なんとも言えないところまで来たはずなのに、現実感のほうが追いついてこなかった。

統一村 - DMZの中で暮らす人たち

ツアー最後の目的地は統一村。統制区域にある村という響きから、勝手に貧しいイメージを持ってしまいそうだが、実際は真逆。ここに住む人たちは税金が免除され、平均年収は1億ウォン(1,000万円ほど)にもなるらしい。

統一村にあるゴージャスな邸宅
統一村にあるゴージャスな邸宅

これはあとで調べてみたんだけど、そもそもここは「戦争が終わっていない相手国に接する村」。常に危険と隣り合わせの生活であり、韓国政府ではなく国連軍の厳格な管理下に置かれている。夜間は外出禁止、民間人統制区域の外に出て4カ月経過した場合は許可がないと村に戻れないなど、さまざまな制約の中で生活しているらしい。税金免除のほか兵役義務も免除されるのは、その恩恵ということになる。

条件だけ聞くと住みたいと思う人もいるかもしれないが、住めるのは朝鮮戦争休戦当時から元々住んでいた人とその子孫だけ。限られた人のみってことになります。

ごく普通の田舎の農家が連なる村をバスで移動する。小学校があることに驚いたが、確かに子供が育つにはそうだろうな、と思いながらも、行動に制限がある地域、私たちが知らない不自由が多々あるんだろう。ただ、夜間の行動が厳しく制限されているぶん、治安は逆に良さそうだ。ところどころで兵士の方々が歩いていたりしました。

統一村にある小学校
統一村にある小学校

DMZというブランド

豆と朝鮮人参の産地で知られているらしいこの統一村。

長湍大豆を作っている風景と壺-坡州名品チャンダンコン加工体験場
長湍大豆を作っている風景と壺-坡州名品チャンダンコン加工体験場

たどり着いたのはお土産やさん(地図)。世界中から観光客が集まり日々の売り上げはすごいだろうなあ、、なんてヨコシマな考えもありながら、私もその一人の客となってしまい、結局1万円くらい使ったんじゃないかな...。ちなみに韓国のマッコリみたいなお酒、粉末なら国外に持って帰れます。液体はダメなのでお酒好きな人はどうぞ(私は飲まないですが、試飲でちょっといただきました、いい感じの味でした)。

ヨコシマついでに思ったのは、DMZというブランディングの強力さ。同じ商品が世界のどこで売られていても価値を感じないと思う。この場所で買うことに意義がある。それだけ特別な場所だってことですね。

最後にきな粉味のソフトクリームをいただきました。豆っぽいと思ったらとても美味しかったです。

きな粉味のソフトクリーム
きな粉味のソフトクリーム

帰り際に振り返って

撮影禁止ばっかりでルールを守ろうと思ったのですが最後に一枚だけバスの中から、統一大橋南側にある検問所の写真。あまりうまく撮れなかった。

バスガイドさんいわく「ここですよ、ユン・セリが『行かないで〜』って走ってきたところ。詳しくはNetflixで見てくださいね」とのこと(ドラマ「愛の不時着」の話です)。

行けなかったところ

今回のツアーに含まれていなかったのですが、Youtube での旅レポでは今回とは違う場所のツアーを体験されている方もいらっしゃいました。ただ、滞在時間制限がある事情から全部回るのは難しいんだろうなと。また機会があれば参加したい。

  • 板門店、JSA: 先ほども触れた、あの有名な青い建物で現在ツアーは休止。建物の真ん中が境界線、建物の中に入れば少しだけ北朝鮮に入れる場所でもあります(地図
  • 臨津閣 平和ゴンドラ(DMZ ゴンドラ): ゴンドラに乗って非武装地帯に侵入する、ゴンドラの下は川と地雷原...。(地図
  • 都羅山駅: 都羅展望台の近くにある現在使われていない駅、よく写真では「平壌方面」と表示があったりするのを目にする。この一つ手前の臨津江(イムジンガン)駅が現在の終着駅となっていて、もしこの駅が北と繋がればヨーロッパまで鉄道が繋がるとか(地図

誤解されやすいところ

  • 北朝鮮に最も近いスタバ: 今回のツアーとは全く違う場所にあります。スターバックス 金浦愛妓峰生態公園店(地図)は今回のような非武装地帯ではなく、川を挟んで約1.4kmが北朝鮮という展望台です。金浦(キムポ)市というところにあります。ここにある公園自体が民間人出入統制区域となっており、パスポートは必要。一日の人数制限が設けられているため予約するにしても自力で申し込むには条件が厳しく、やはりツアー参加したほうが良いらしい。

まとめ

以前から Youtube でレポしてくれている動画を色々見て、近くで遠い存在について気になっていたのですが、やはり行ってよかったと思いました。どうしても実際にその場に行って感じる空気のようなものは違い、特に第3トンネルの中は北朝鮮兵が通った狭い空間と同じ空気を感じて何とも言えない物々しさが溢れていました。

元々同じ民族、同じ家族が分断されて会うことができないというのは私たちにはあまり想像するのが難しい、どちらかというと実家の(田舎の)家族とは価値観の違いなどで自ら距離を置いて過ごしているけれど、それはいつでも会おうと思えば会えるからできることなのかもしれない。

今回見てきて自分でさらに行ったところをおさらいしたり歴史をもう少し勉強する機会ができて、まだまだ理解がたりないけど朝鮮半島の分断の歴史、もう少し関心が湧いてきた。また何か書いてみたいと思う。

関連記事として今回の韓国旅行、こちらの記事もどうぞ。