韓国と北朝鮮の間に広がる非武装地帯があるDMZツアーに参加したことがきっかけとなって歴史の勉強の続き。
北朝鮮・開城を展望できる都羅山展望台近くにある、北朝鮮に最も近い韓国の駅、都羅山駅のその線路の先、北側に今はなき激戦の末廃墟となった廃駅跡があるらしい。
それはそうと、今から2年前になるけど、2024年10月15日、北朝鮮が韓国との南北連結道路2つを爆破して完全に塞いだ事件、(リンク先は中央日報サイト)ひとつは東海線(日本海側の海沿い)と、もう一つはこの「都羅山駅のその先」の道路と鉄道が爆破されてしまった。
長湍(チャンダン)駅 - 軍事境界線の目の前
先の記事でも書いた通り、臨津閣に展示されている銃撃された列車はもともと、都羅山駅の次の長湍駅(地図 「チャンダン駅」or 「ジャンダン駅」と読む)という場所で銃撃や砲撃を受けた末脱線、放置されていた。ただ長湍駅は今は存在しない廃駅となっている。人は立ち入ることが困難な場所である以上、廃墟となっているんだろう。
どんな場所なんだろう?
と思って航空写真を見ると、なんとすごいものが見えてきた。バリケード!?穴?

上空からではわからない、おそらくこのあたりが爆破されて道路も鉄道も粉々にして更地にして通行できなくする意図なんだろう。調べると日本経済新聞の記事 北朝鮮、爆破道路に11メートルの壁 韓国軍「見せかけ」にある通り、この長細いコンクリートは「穴」に見える。
ちなみに航空写真では韓国側は意図的に画像がボカされているが、ピンが立っているあたりにかつての駅、長湍駅があったということ。軍事境界線から200〜300mあたりってところか、もしも現存していたら爆風を受けていたかもなあ。
もう休戦協定どころじゃない
ご存知の通り、休戦協定では「軍事境界線を中心にお互い2kmずつ合計4kmの緩衝(非武装)地帯を設けましょう」という約束だった。
見ての通りさっきの「穴」は地図で見る限り、軍事境界線に接して一部超えている。これは韓国と北朝鮮、双方の境界線の認識が違っていて、よく越境する北朝鮮兵がいるらしいが、彼らの言い分としては「ここはまだうちの領土だ」ということらしい。つまり彼らとしては正当な理由がありとにかく認識の違いが問題らしい。(出典: 韓国軍、北朝鮮兵の軍事境界線越えを確認…徒歩巡回中に約10メートル南側へ)
無理も無い。70年以上たった今、どこが境界なのかの標識が立っているわけではない。当時立てられた錆びついた黄色いMDL(military demarcation line)の看板が風化したり雨に流されたりしてもう、どこが軍事境界線なのか曖昧になっているらしい。北朝鮮、韓国GPに銃撃…軍「軍事合意違反」(ハンギョレ新聞の記事、カバー画像にある黄色い看板にある通りこれがMDL=軍事境界線を示す看板だった)
とはいえ、2kmをちょっと狭めた、というレベルじゃない。
死の橋
この長湍駅の横あたりには橋があり、朝鮮戦争時、多くの米兵が犠牲になったことから「死の橋」と呼ばれ、文化遺産に登録されている。
全国登録文化遺産 坡州京義線長丹駅死橋(坡州京義橋 長死橋)|国家遺産ポータル
駅は廃墟となっていた
NAVER TV の動画で詳しく見れるものがあった。これについての記事は.https://www.sisunnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=97049 にレポートされている。石畳だけ残っているプラットフォームの駅の跡、死の橋、そしておそらく行政事務所(市役所や県庁のような)の跡地まで。
軍事境界線が目視で見えるところにあったこの場所で撮影された写真などは2019年あたりが多いが、この頃はちょうど文在寅政権の時期のど真ん中で南北融和に向かおうとしていた比較的穏やかな時期と思われる。この写真に見える北朝鮮側は現在爆破されて要塞化されているわけですね。
元々、あんな近くで北朝鮮兵がいて、爆破されたりしている目の前にある場所なので、民間人が入ることなんて簡単にできない場所なんですが、これ、かなり前の記事ですが写真が掲載されていました。貴重な写真かもしれない。
本文を日本語訳するとこんな感じ。
(パジュ=聯合ニュース)イム・ビョンシク記者=14日、京畿道パジュ市の西部戦線非武装地帯(DMZ)にある京義線の長湍駅跡で、ホームが草木に覆われている。
長湍駅は韓国側における京義線の終着駅であり、現在はホームの跡だけが残っている。2019年2月14日
時間が止まっている、廃墟ってなんだか不思議で神秘的な雰囲気すら感じます。朝鮮戦争の激戦の地だった場所、崩れそうな石畳のようなホームの跡。おそらく生きている間に行けそうにないな。